*作者 参議雅経(さんぎまさつね)
( 現代語訳 )
奈良の吉野の山に、秋風が吹きわたる。
夜がふけて(吉野という)かつての都は寒々とわびしく、
衣を砧(きぬた)で叩く音が響いている。
( 言葉 )
【み吉野の】
吉野は、桜の名所として名高い今の奈良県吉野郡吉野町のことです。
「み」は言葉の頭につける美称。
【さ夜ふけて】
「夜がふけて」という意味です。「さ」は語感をととのえる接頭語です。
【ふるさと寒く】
「ふるさと」は「いにしえの都があり、忘れさびれた場所」=「古里(ふるさと)」のことです。
吉野には古代に離宮がありました。
【衣打つなり】
「衣を打つ音が聞こえてくる」という意味です。
女性が夜にした仕事で、砧(きぬた)という柄のついた太い棒で衣を叩き、柔らかくして光沢を出しました。
( 鑑賞 )
中国・唐の大詩人、李白の詩に
「長安一片月 万戸擣(打)衣声 秋風吹不尽 総是玉関情…」
という有名な歌があります。
「擣衣(とうい)」は、砧という丸太に柄のついたような棒で衣を叩いて光沢を出す作業で、
静かな秋の夜にそれぞれの家庭からこの音が聞こえてきて、風物詩となっていました。
雅経のこの一首も「擣衣(とうい)」というテーマを出されて作った歌のようです。
また古今集の
「み吉野の 山の白雪つもるらし ふるさと寒くなりまさるなり」
という歌の本歌取りにもなっています。
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歌は、かつて古代の都の離宮があって栄えていた吉野の里が今は古び、
晩秋の夜には里の家で砧を打つ音だけが聞こえている、といった内容です。
歌に流れるような詩情があり、寂しい秋という季節がクローズアップされます。
しかもこの歌、中国の風情が上手に生かされており、
想像してみると秋の夜長に砧の音とともに、
胡弓の音色が聴こえてきそうな印象があります。
みなさんも秋の詩情をイメージしてみてください。