世の中は つねにもがもな なぎさこぐ あまのをぶねの つなでかなしも(よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのおぶねの つなでかなしも)

*作者 鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)



( 現代語訳 )

世の中の様子が、こんな風にいつまでも変わらずあってほしいものだ。
波打ち際を漕いでゆく漁師の小舟が、
舳先(へさき)にくくった綱で陸から引かれている、
ごく普通の情景が切なくいとしい。



( 言葉 )


【世の中は】

 「世の中」は、「今自分が生きているこの世界」という意味です。


【常にもがもな】

「常に」は形容動詞「常なり」の連用形で「永遠に変わらない」という意味です。
「もがも」は難しいことが叶ってほしいという、願望の終助詞、「な」は詠嘆の終助詞です。
全体で「永遠に変わらないでいてほしいものだ」という意味です。


【渚(なぎさ)漕ぐ】

「渚(なぎさ)」は「波打ち際」のことです。


【海人(あま)の小舟(をぶね)の 綱手(つなで)】

「海人(あま)」は「漁師さん」のこと。
「綱手(つなで)」は舟の先に立てた棒に結びつける麻の綱のことです。
川をさかのぼったりするときには、陸からこの綱で引っ張って上がっていきました。


【かなしも】

心を揺さぶるような切なさを表す形容詞「かなし」の終止形に、詠嘆の終助詞「も」がついています。
「心が動かされるなあ」というような意味になります。



( 鑑賞 )

テレビドラマなどで、犬と遊んでいる子供を見て
「こういう平和がいつまでも続けばいいな」と思っているお父さんのシーンなどがよくあります。
  実朝のこの一首は、そのような感じの歌でしょうか。
のんびりと平和な日常が永遠に続けばいいのに、と願う一首です。
12歳で日本の武士のトップにいやおうなく立たされ、
しかも繊細で感受性豊かで優しすぎる性格ならば、
泥臭い政治の世界のまっただ中にいる毎日は、
さぞやストレスがたまるものだったでしょう。


*--------*


  実朝の歌は、大海の磯もとどろに寄する波割れて
砕けて裂けて散るかもなどに代表されるように、
万葉時代に戻ったような雄壮でのび のびとしたスケールの大きさと、
現代でも通じるような鋭みのあるセンスが魅力です。
明治の大俳人・正岡子規は、評論「歌よみに与ふる書」の中で柿本人麻呂以来、
最高の歌人は源実朝だと言っています。
また太宰治も「右大臣実朝」という小説があり、小林秀雄も評論「実朝」を書いています。
若くして暗殺された天才として、非常に人気のある歌人です。
今で言うなら、シンガーの尾崎豊の感じでしょうか。