きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む(きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねん)

*作者 後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)



( 現代語訳 )


こおろぎが鳴いている、こんな霜の降る寒い夜に、
むしろの上に衣の片袖を自分で敷いて、独り(さびしく)寝るのだろうか。



( 言葉 )


【きりぎりす】

現在のコオロギのことです。


【鳴くや霜夜(しもよ)の】

「鳴く」は動詞の連体形で、霜夜にかかります。
「や」は7文字の文字数(語調)を整えるための間投助詞です。
「霜夜(しもよ)」  は「霜の降りる晩秋の寒い夜」のことです。
ここまでで「こおろぎが鳴く霜の降る寒い夜の」という意味になります。


【さむしろに】

「さ」は言葉を整える接頭語です。
「むしろ」は藁などで編んだ敷物で、シートのように使われました。
「さむしろ」は「寒し」との掛詞になっています。


【衣かたしき】

平安時代は、男性と女性が一緒に寝る場合は、お互いの着物の袖を枕代わりに敷いていました。
「片敷き」は自分の袖を自分で敷く寂しい独り寝のことです。


【ひとりかも寝む】

「独りで寝るんだろうか」という意味です。
「か」は疑問の係助詞で「も」は強意の係助詞、
「む」は推量の助動詞「む」の連体形です。



( 鑑賞 )

秋の寂しさがいや増すような一首です。
平安時代は女性と男性がともに寝る時は、
お互いの着物の袖を枕にして敷きました。
そこでこの歌のように、自分で自分の袖を敷いて寝るのは「わびしい独り寝」だと読めるわけです。


*--------*


山里のような場所で霜が降る寒い夜、むしろにごろりと横になって独り眠る男。
恋人につれなくされて心もだえる、というような想像がかりたてられます。
ただ、この歌を作る直前に作者は奥さんに先立たれたそうです。
そうなると、ちょっと趣も違ったものに感じられそうですね。


*--------*



この歌は、前からある2首の歌をふまえて作られた「本歌取り」の歌です。
憶えておくとよいでしょう。
 「さむしろに 衣かたしき今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫」(古今集)
 「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む」(柿本人麻呂・百人一首3番)