難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき(なにわえの あしのかりねの ひとよゆえ みをつくしてや こいわたるべき)

*作者 皇嘉吉門院別当(こうかもんいんのべっとう)



( 現代語訳 )


難波の入り江の芦を刈った根っこ(刈り根)の一節(ひとよ)ではないが、
たった一夜(ひとよ)だけの仮寝(かりね)のために、
澪標(みおつくし)のように身を尽くして
生涯をかけて恋いこがれ続けなくてはならないのでしょうか。  



( 言葉 )


【難波江】

摂津国難波(現在の大阪府大阪市)の入り江で、芦が群生する低湿地。
百人一首にも何首かに取り上げられています。
「芦」や 「刈り根」、「一節」、「澪標(みおつくし)」などと縁語になっています。


【芦のかりねのひとよ】

「難波江の芦の」までが序詞で、「かりねのひとよ」を導き出します。
「かりねのひとよ」は「芦を刈り取った根(刈り根)のひとふし(一節)」という意味と、
「仮寝(旅先での仮の宿り)の一夜」という意味を掛けています。
「一節(ひとよ)」は、芦の茎の節から節の間のことで、短いことを表しています。


【みをつくしてや】

「澪標(みをつくし)」は、船が入り江を航行する時の目印になるように立てられた杭のことで、
身を滅ぼすほどに恋こがれる意  味の「身を尽し」と掛詞になっています。
「や」は疑問の係助詞です。


【恋ひわたるべき】

「わたる」は長く続くこと。
「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形で、
「みをつくしてや」の係助詞「や」の結びになります。



( 鑑賞 )

女性の恋の歌というと、女性の許へ夫が出かけていくという、
「通い婚」が慣習だった時代らしく、恋しい人を待つ歌が多いのですが、
これは旅先で一夜の契りを交わした男のことが忘れられない、という歌です。


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旅先で出会った人との一夜限りの短い恋。
難波の入り江に生えている芦の切った節のように短くはかない逢瀬だったのに、
それゆえに一生身を焦がすような想いがつのってしまった。
こんな激情を「芦の刈り根」と「仮寝」、「一節(ひとよ)」と「一夜(ひとよ)」、
「澪標(みおつくし)」と「身をつくし」などを掛詞としてあしらい、
技巧を凝らし尽くした歌として表現しています。
12世紀の頃は、難波潟のあたりには遊女が多くいたそうで、この歌はそうした遊女の立場に自分を置いて、
哀しい女のはかない恋を歌ったようです。