長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ(ながからん こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもえ)

*作者 待賢門院堀河(たいけんもんいんほりかわ)



( 現代語訳 )


(昨夜契りを結んだ)あなたは、末永く心変わりはしないとおっしゃっいましたが、
どこまでが本心か心をはかりかねて、お別れした今朝はこの黒髪のように心乱れて、
いろいろ物思いにふけってしまうのです。



( 言葉 )


【長からむ心】

「末永く変わらない(相手の男の)心」の意味です。「む」は推量の助動詞。
「長し」と後の「乱れて」は「黒髪」の縁語です。


【知らず】

「ず」は打消の助動詞の連用形で、「(相手の心を)はかりかねて」というような意味です。


【黒髪の乱れて】

「黒髪が寝乱れて」という意味ですが、下の「今朝はものをこそ思へ」にも続いて
「心が乱れて」という2重の意味になります。


【今朝は】

そのまま「今朝は」という意味ですが、男女が共に寝た翌朝、
すなわち「後朝(きぬぎぬ)」であることを表しています。


【ものをこそ思へ】

「こそ」は強意の係助詞で「思へ」は四段活用動詞「思ふ」の已然形。
「こそ〜思へ」で係結びになっています。

( 鑑賞 )

昨夜一晩を一緒に過ごし、契りを結んだあなた。翌朝帰っていってから、
後朝(きぬぎぬ)の歌をいただいて
「いつまでも末長くあなたのことが好きですよ」と言葉をもらったけれども、
その言葉はどこまで本当なのでしょうか。
お別れした後、あなたの心をはかりかねて、
この私の寝乱れた黒髪のように、心乱れて思い悩むばかりですわ。


*--------*

この歌は、百人一首にも歌がある崇徳院の命で作られた
「久安(きゅうあん)百首」にあるものです。
久安百首は、いくつかのテーマごとに歌を詠んで合計で百首にするというもの。
この歌は、男が届けてきた後朝の歌に対する返歌という趣向で詠まれました。
そもそも平安時代というのは男性が女性の家に行って一晩を明かすという慣習がありました。
「後朝」というのは男と女が一晩を明かした翌朝で、
男が帰った後で女の許へ「昨夜はとても幸せだった」
と一首詠んで贈る、という雅な慣習があったのです。
それに対して女性が返したのがこの一首というわけです。


*--------*


この歌、女性が「あなたの誠意は本当でしょうか、心配です」という繊細な女性の心の表現がだいたいの意味ですが、
「黒髪の乱れて」というところなどに、
情事の後のエロティックな雰囲気が現れていますよね。
心配です、なんていいながら男心の気を引く、
平安女性の激情と愛のテクニックが現れている、といっていいでしょう。
この歌はこの「黒髪」の表現の美しさで、百人一首の中でも際だっています。
黒髪の乱れ、という女性の愛の表現は、後の世の与謝野晶子の歌
「黒髪の 千すじの髪の みだれ髪 かつおもひみだれ おもひみだるる」
などでとみに有名になっています。
日本女性の美しさの象徴として、
黒髪が扱われているといっていいでしょう。