*作者 法性寺入道前関白太政大臣(ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)
( 現代語訳 )
大海原に船で漕ぎ出し、ずっと遠くを眺めてみれば、
かなたに雲と見間違うばかりに、沖の白波が立っていたよ。
( 言葉 )
【わたの原】
広々とした大海原のこと。
「わた」は海を意味します。
【漕ぎ出でて見れば】
「船で漕ぎ出して、見渡してみれば」という意味です。
上一段動詞「見る」の已然形に、接続助詞「ば」がつき、
「すでに行っている」という確定条件を示しています。
【久かたの】
「雲居」にかかる枕詞で、「天・空・日・月・光」などにもかかります。
【雲居】
ここでは雲そのものを意味しています。
本来は「雲のいるところ」つまり空を意味します。
【まがふ】
「混じり合って見分けがつかなくなる」という意味です。
ここでは白い波と白い雲の見分けがつかない、という意味です。
【沖つ白波】
「沖の白波」という意味ですが、「つ」は上代に使われた古い格助詞で、「の」に当たります。
またこの歌は体言止めです。
( 鑑賞 )
詞書きには「海上の遠望」という題で、崇徳天皇の前で詠んだ題詠であることが示されています。
大海原に船で漕ぎ出してみた。
見るとはるかな水平線のかなたの青い空に白い雲が浮かんでいる。
さらに真っ青な海原に、白波が立っている。
雲と見間違うような白さだ なんと爽快な歌でしょうか。
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空の青さと海の青、雲の白さと波の白。
コバルトブルーと白のコントラストがあまりに鮮やかで、
まるで日本とは思えないような風景です。
化粧品や旅行会社の夏のTVコマーシャルのような、突き抜けた色彩感と雄大さがあります。
この歌は、百人一首にもある小野篁(おののたかむら)の
わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣船
をイメージして詠まれたものとされていますが、小野篁のような孤独感は、この歌にはありません。
権力の絶頂にあった藤原氏の長らしい、雄大かつ豪壮な歌と言えるでしょう。