*作者 藤原基俊(ふじわらのもととし)
( 現代語訳 )
お約束してくださいました、よもぎ草の露のようなありがたい言葉を頼みにしておりましたのに、
ああ、今年の秋もむなしく過ぎていくようです。
( 言葉 )
【契(ちぎ)りおきし】
「契りおき」は「約束しておく」意味の動詞の連用形で、「おく」は露の縁語です。
「約束しておいた」という意味です。
【させもが露】
「させも草」は、平安時代の万能薬だったヨモギのこと。
「露」は恵みの露という意味で、作者が息子のことを頼んだ藤原忠通が
「まかせておけ」とほのめかしたことを指します。
【命にて】
「たのみにして」という意味です。
【あはれ】
「ああ」、と感情をこめて洩らす感動詞です。
【秋もいぬめり】
「往ぬ」は「過ぎる」でナ変動詞の終止形です。
「めり」は推量の助動詞で「秋も過ぎ去ってしまうことだろう」という意味です。
( 鑑賞 )
この歌は、詠まれた状況を説明しないと分からないでしょう。
作者の藤原基俊の息子は、奈良の大きなお寺・興福寺のお坊さん光覚(こうかく)でした。
興福寺では10月10日から16日まで維摩経(ゆいまきょう)を教える維摩講が行われますが、
この名誉ある講師に光覚を、と前の太政大臣・藤原忠通にたびたび頼んでいました。
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熱心な頼みに忠通は「しめぢが原」と答えます。
古今集にある清水観音の歌に
なほ頼め しめぢが原の さしも草 われ世の中に あらむ限りは
(私を一心に頼りなさい。たとえあなたがしめじが原のヨモギのように思い悩んでいても)
というものがあり、「大丈夫だ、私に任せておけ」との意味ですが、
その年も息子・光覚は講師に選ばれませんでした。
だからその恨みをこめ、作者は
「約束したのに、ああ、今年の秋も過ぎていくのか」と嘆いてみたのです。
今も昔も、親ばかに変わりはないものですね。