夕されば 門田の稲葉 おとづれて 葦のまろやに 秋風ぞ吹く(ゆうされば かどたのいなば おとずれて あしのまろやに あきかぜぞふく)

*作者 大納言経信(だいなごんつねのぶ)



( 現代語訳 )


夕方になると、家の門前にある田んぼの稲の葉にさわさわと音をたてさせ、
芦葺きのこの山荘に秋風が吹き渡ってきた。



( 言葉 )


【夕(ゆふ)されば】

「され」は動詞「さる」の已然形で「移り変わる」というような意味になります。
「ば」は接続助詞で確定を表し、全体で「夕方になると」という意味になります。


【門田(かどた)の稲葉】

「門田」は門の真ん前の田圃のこと。
家に近くて仕事がしやすく一番大事にされました。


【おとづれて】

動詞「おとづる」は「訪れる」という意味もありますが、
元々は「声や音を立てる」という意味で、そちらが使われています。


【芦のまろや】

「屋根が芦葺きの、粗末な仮住まいの小屋」という意味ですが、源師賢の別荘のことを言っています。  


【秋風ぞ吹く】

「ぞ」は強意の係助詞で、「秋風が吹き渡ってくる」という意味です。



( 鑑賞 )


この歌は、源師賢が所有する梅津(現在の京都市右京区梅津)の山荘に
貴族たちが招かれた時に行われた歌会で披露されたものです。
あらかじめ「田家ノ秋風」というテーマが決まっていて、
それに合わせた歌が詠み競われました。


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夕方になると、門の前の稲穂がそよいで爽やかな音をたてて秋の風が吹いてくる。
その爽やかさを歌ったすずやかな一首だと言えます。
まだ暑さの残る日中に読むとつい爽快な気分になれそうな、美しい叙景の歌です。
田舎の稲穂が実る光景は現代人の憧れですが、
平安時代も貴族らは別荘を建設して美しい田園風景に遊び、
ひとときの楽しみとしたのでしょう。