あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり(あらしふく みむろのやまの もみじばは たつたのかわの にしきなりけり)

*作者 能因法師(のういんほうし)



( 現代語訳 )


山風が吹いている三室山(みむろやま)の紅葉(が吹き散らされて)で、竜田川の水面は錦のように絢爛たる美しさだ。



( 言葉 )


【嵐吹く】

「嵐」は山から吹き下ろす強い風のことを表します。


【三室(みむろ)の山のもみぢ葉は】

大和国(現在の奈良県生駒郡斑鳩町)にあった神奈備山(かむなびやま)のことで
「三諸(みもろ)の山」とも言います。
神奈備山は現在でも紅葉の名所です。


【竜田の川の】

大和国(現在の奈良県生駒郡)を流れる川で、三室山の東のふもとを通って大和川に合流します。


【錦なりけり】

「なり」は断定の助動詞「なり」の連用形、
「けり」は詠嘆の助動詞「けり」の終止形で、美しさにはじめて気づいた感動を表します。
錦は五色の色糸を使って絢爛豪華な模様を描き出した織物です。



( 鑑賞 )


秋の観光の目玉といえば、なんといっても紅葉狩り。
シーズンはずばり10〜11月。これからいよいよ本番を迎えます。
高山から徐々に色づきはじめ、ふもとに降りてくる頃にはアキアカネが舞い、
稲刈りが終わり、柿や栗、梨やブドウなど果物の収穫も最盛期を迎えていることでしょう。
都会では街路樹のイチョウやポプラなどの落ち葉で歩道が黄色く染まりますが、
山では紅葉が山や野を染め抜きます。


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この歌は、そういう情景を錦という言葉を使って絢爛豪華に描いた一首です。
ビジュアルな表現に優れる百人一首の中でも、ストレートに美しい情景が表現されています。
三室山という山と竜田川という川、どちらも有名な歌枕ですが山と川を両方とも歌に入れ、
さらに錦に見立てたゴージャスさが魅力といえるでしょう。


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もともとこの歌は、1049(永承4)年の11月に後冷泉天皇が開いた内裏歌合せの中で、藤原祐家の
 「散りまがふ 嵐の山のもみぢ葉は ふもとの里の秋にざりける」
 という歌と競って勝った歌です。
「歌合せ」は貴族を東西2手に分け、主催者が1ヶ月ほど前に出した「お題」について1対1で歌を詠み合い、
その優劣を判定者が決めて勝敗数を競う、というもの。
実はこの「歌合せ」、歌だけの優劣ではなく、
歌人の衣装とか焚く香などの演出、パフォーマンスも評価されました。
しかも、出場者は必ずしも作者ではなく、
大政治家が身分の低い歌人に代作させた、ということも多々あったようです。


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ところでこの歌の作者・能因法師は文章生、
今で言うなら国立大学で漢文学や歴史学といった学問を研究する学者でした。
しかし何を思ったのか、26歳の若さで出家し、
諸国をふらりと旅して歌を詠む漂泊の歌人となります。
もちろん当時から旅の歌人として有名でしたが、
「都をば 霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く白河の関」
 という歌は、実は白河の関まで旅したわけではなく、
「旅に行く」と言って実家の庭で顔を日に焼き、
いかにも長旅をしてきたような態度でお披露目したそうです。
お茶目なエピソードですね。