春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなくたたむ 名こそ惜しけれ(はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かいなくたたん なこそおしけれ)

*作者 周防内侍(すおうのないし)



( 現代語訳 )


短い春の夜の、夢のようにはかない、
たわむれの手枕のせいでつまらない浮き名が立ったりしたら、口惜しいではありませんか。



( 言葉 )


【春の夜の夢ばかりなる】

「春の夜」は短くすぐ明けてしまうはかないもの、というイメージがあり、
「夢」もまたはかないものと考えられています。「ばかり」は程度を示す副助詞で、
「なる」は断定の助動詞「なり」の連体形。全体で「短い春の夜の夢のようにはかない」という意味になります。  


【手枕(たまくら)に】

「手枕(たまくら)」とは、腕を枕にすることで、男女が一夜を過ごした相手にしてあげます。


【かひなく立たむ】

「かひなく」は「何にもならない」「つまらない」という意味になります。
また「手枕(たまくら)」にする「腕(かひな)」が掛詞として入っています。
「立たむ」の「む」は推量の助動詞で「もし(噂が)立ったら」というような意味になります。


【名こそ惜しけれ】

 「名」は「評判」や「浮き名」のことで、「こそ」は係助詞です。
全体で「浮き名や噂が立ったら、口惜しいではありませんか」という意味になります。



( 鑑賞 )

この歌には面白いエピソードがあり、千載集の詞書で紹介されています。
陰暦2月頃の月の明るい夜、二条院で人々が夜通し楽しく語らっていた時のこと。
周防内侍が眠かったのか何かに寄りかかって
「枕がほしいものです」とつぶやきました。すると時の大納言・藤原忠家(ただいえ)が、
「これを枕にどうぞ」と言って自分の腕を御簾の下から差し入れてきました。
要するに、「私と一緒に一夜を明かしませんか」とからかったのでしょう。


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  それに対し、内侍が機転をきかせてこの歌を詠んだのでした。
 (まあ、おからかいを。短い春の夜のはかない夢のような、
戯れの手枕にからだをあずけてしまって、
つまらない浮いた噂が立ってしまうのは、くやしいことですから)。
今なら上司のセクハラ! と怒るところかもしれません。
しかし「かひなく」に「腕(かいな)」を掛け、春や夢、手枕と艶っぽい言葉を散りばめたテクニックは、
当意即妙で見事です。
きっと宮廷内は笑いと感嘆の声に包まれたのではないでしょうか。
当時の御所の暮らしが想像できる楽しいエピソードです。


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作者・周防内侍は、
「恋ひわびて 眺むる空の浮雲や わが下もえの煙なるらむ」
という一首を詠み「下もえの内侍」とあだ名されました。
「下もえ」とは、心の底に秘めた燃える恋心という意味ですが、艶な響きもあります。
周防内侍は頭の回転が速いだけでなく、エロティックな歌も得意としていたようで、
きっと今ならざっくばらんで活発な女性として、人気を呼んだのではないでしょうか。