恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋にくちなむ 名こそ惜しけれ(うらみわび ほさぬそでだに あるものを こいにくちなん なこそおしけれ)

*作者 相模(さがみ)



( 現代語訳 )



恨んで恨む気力もなくなり、泣き続けて涙を乾かすひまもない着物の袖さえ
(朽ちてぼろぼろになるのが)惜しいのに、
さらにこの恋のおかげで悪い噂を立てられ、朽ちていくだろう私の評判が惜しいのです。



( 言葉 )


【恨みわび】

「〜わぶ」は「気力を失う」という意味。
「恨む気力も失って」という意味です。


【ほさぬ袖(そで)だに】

「ほさぬ袖」は、いつも泣いて涙を拭いているので「乾くひまもない袖」という意味です。
副助詞「だに」は「〜でさえ」のような意味で、程度の軽いものを示して、重いものを類推させます。


【あるものを】

「ある」の前に「口惜し」を補って考えます。
「ものを」は詠嘆をこめた逆接の接続助詞で「袖が朽ちるのさえ悔しいのだから」と、
後で恋で悪い噂が立つことと比較しています。


【恋(こひ)に朽ちなむ名こそ惜しけれ】

「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形で、「む」は推量の助動詞「む」の連体形です。
「名」は「評判」の意味で、「こそ」は強調の係助詞です。
また「惜しけれ」は形容詞「惜しき」の已然形で「こそ」の結びになります。
「失恋の噂で汚れてしまいそうな私の評判がとても残念だ」という意味になります。

( 鑑賞 )

「後拾遺集」からの一首です。
後拾遺集は、白河天皇の命で藤原通俊(みちとし)が応徳3(1086)年に完成させた勅撰和歌集で、
拾遺集から漏れた歌人の歌を約1200首収録しています。


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 この歌は失恋の歌で、振り返ってくれない男を恨んで恨む気力もなくすほど疲れた女性の歌になっています。
  泣いて袖が涙で濡れ続けてぼろぼろになるのさえ惜しいのに、
「恋に破れて毎日泣いているんだそうだ」と噂されて、
さらに私の評判まで落ちるなんて、なんと悔しいのでしょう、と歌は語っています。


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作者の相模という女性も、結婚生活がうまくいかず悩みぬいた人であるらしく、
この歌には実感がこめられています。
夫と一緒に相模国(現在の神奈川県)に下り、箱根権現に百首歌を奉納しましたが、
中には嘆き悲しむ歌が多く含まれていたということです。
また、子を願う歌も多かったそうで、夫との不仲の原因もそこにあるのかもしれません。
とはいえ、悲しい歌ばかりではなく、非常に艶のある秀歌も数多く詠んでいる名人でもあります。
百人一首の撰者・藤原定家は相模の恋歌が好きで、定家撰の歌集には彼女の歌が多く採用されています。