朝ぼらけ 宇治の川霧 絶え絶えに あらはれわたる 瀬々の網代木(あさぼらけ うじのかわぎり たえだえに あらわれわたる せぜのあじろぎ)

*作者 権中納言定頼(ごんちゅうなごんさだより)



( 現代語訳 )



明け方、あたりが徐々に明るくなってくる頃、宇治川の川面にかかる朝霧も薄らいできた。
その霧がきれてきたところから現れてきたのが、川瀬に打ち込まれた網代木だよ。



( 言葉 )


【朝ぼらけ】

夜明け、あたりがほのぼのと明るくなる頃。


【宇治の川霧】

宇治川は京都南部を流れる川。琵琶湖の南から流れはじめる瀬田川の下流、
京都府に入る手前から桂川・木津川と合流して淀川となる大山崎の辺りまでをいいます。


【たえだえに】

とぎれとぎれに。
この場合は、川霧がきれぎれに薄れていき、晴れてくる様子を表しています。


【あらはれわたる】

あちこちに表れてくる、という意味。


【瀬々の】

瀬は川の浅いところの意味です。


【網代木(あじろぎ)】

「網代(あじろ)」は、冬に氷魚(ひお、鮎の稚魚のこと)を取る仕掛けです。
川の浅瀬に杭を打ち、「簀(す)」という竹や木で編んだざるを仕掛けるもので、
当時(平安時代)の宇治川の風物詩でした。
「網代木(あじろぎ)」は網代の杭のことです。



( 鑑賞 )

宇治茶で有名な京都・宇治。
宇治川のあたりは、この歌が詠まれた平安時代には、
貴族の別荘が多く建てられ、リゾート地として有名な場所でした。
この歌に出てくる「網代」は、宇治川の冬の風物で、
藤原道綱母の「蜻蛉(かげろう)日記」や菅原孝標女(たかすえのむすめ)の
「更級(さらしな)日記」などにも登場します。
都の貴族には川の浅瀬に沿って、
ずらりと並ぶ網代木(杭)の情景が、美しくも面白いものに映ったのでしょう。