やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな(やすらわで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな)

*作者 赤染衛門(あかぞめえもん)

( 現代語訳 )

(こんなことなら)ぐずぐず起きていずに寝てしまったのに。
(あなたを待っているうちにとうとう)夜が更けて、西に傾いて沈んでいこうとする月を見てしまいましたよ。

( 言葉 )


【やすらはで】

「やすらふ」は「ためらう」とか「ぐずぐずする」という意味になります。


【寝なましものを】

「まし」は反実仮想(現実には起こらなかったことを、もし起こればと想像すること)の助動詞で、
「ものを」は逆接の接続助詞です。
ここでは「もしあなたが来ないことが分かっていたら」と反実仮想し、「寝てしまっただろうに」と言っています。


【さ夜ふけて】

「さ」は言葉の調子を整えるための接頭語で、全体で「夜は更けて」という意味になります。


【傾(かたぶ)くまでの】

「傾(かたぶ)く」は、月が西の山に傾くこと。
月は夜の早いうちに東から昇って夜明け前に西に沈んで行きますので、
「夜明けが近づいた」という意味になります。
「まで」は事柄が至り及ぶ  限界を表す副助詞で、全体として「月が西に沈むまでの」という意味になります。
【月を見しかな】  「かな」は詠嘆の終助詞で「月を見たことですよ」という意味になります。

( 鑑賞 )

あらあら、まだ宵の時分に東から昇った月が、とうとう西の山
 に沈む頃になってしまいましたわ。もうすぐ夜明け前。
 あなたがおいでにならないことが最初から分かっていたら、やき
 もきせずにさっさと寝てしまいましたのに。あなたを待って、西
 山に傾いた月を見るはめになってしまいましたわ。


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平安時代の男女関係は、女性の家に男が夜牛車で訪れて一夜を過ごすという「通い婚」でした。
一夫多妻制で、男が訪れるときに与える贈り物や金品で女性は暮らしていました。
しかし男の興味が薄れてしまい、女性の家へ来なくなると結婚は自然消滅し、女性の暮らしも傾きます。
そのため男が来る来ない、ということは、女性にとって恋以上の問題でもありました。


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この一首は後拾遺集にあり、「中関白(藤原道隆=みちたか)、少将に侍りける時、
はらからなる人に物言ひわたり侍りけり。
頼めて来ざりけるつとめて、女に代わりて詠める」とあります。
関白・藤原道隆公が少将だった頃、赤染衛門の姉妹に「今晩行くから」と言ったのにやって来なかった。
その翌朝、姉妹に代わって詠み送ったのがこの歌だ、ということです。


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  待つだけの女性の悲哀を表す歌とも読めますが、個人的には
 「やすらわはで 寝なましものを」というところに啖呵を切るよ
 うな、カラリとしてじめつかない歯切れの良さを感じてしまいます。
あーあ、どうして来てくれなかったの。もう寝ちゃおっと。
かわいらしく拗ねてみせた、なんて読み方もできますね。
こう読みとっていくと、作者の性格の剛さや明朗さ、姉妹に代筆したということで、
しっかり者の姐さん肌かもしれないと思ってしまうのですが、どうでしょうか。
赤染衛門という人は、和泉式部と並び称されるほどの才女でしたが、
道長に尻軽女(浮かれ女)とまで言われた恋多き式部とは対照的に良妻賢母タイプだったそうです。
女性としても尊敬され、平安時代最大のライバル同士だった、紫式部、清少納言の両方と友達でした。
歌からも、そんな感じがにじみでていますね。