*作者 右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)
( 現代語訳 )
嘆きながら、一人で孤独に寝ている夜が明けるまでの時間がどれだけ長いかご存じでしょうか?
ご存じないでしょうね。
( 言葉 )
【嘆きつつ】
「つつ」は動作や作用の反復(繰り返し)を表す接続助詞です。
何度も嘆いてため息をつく様子を表します。
【ひとり寝る夜】
「寝(ぬ)る」は動詞「寝(ぬ)」の連体形です。
平安時代は男が女性の家に通う通い婚が慣習でしたので、「ひとり寝る夜」というのは、
夫の来訪がなく孤独に寝る夜のことです。
【明くる間は】
「夜が明けるまでの間は」という意味です。
孤独な夜が長く感じる、という表現は恋愛歌では常套的で、百人一首の中にもいくつかあります。
【いかに久しきものとかは知る】
「いかに」は程度がはなはだしいことを表す副詞で、「どんなに か…」と問いかける言い方になっています。
「かは」は反語を表す複合の係助詞で、連体形の動詞「知る」と係り結びの関係になっています。
全体で「どんなに長いものか知っておられるでしょうか?」という意味になります。
( 鑑賞 )
詞書によると、
「入道摂政まかりたりけるに、門を遅く開けければ、立ちわづらひぬ、と言ひ入れて侍りければ」
とあります。
つまり、夫の兼家が訪れてきたのだが、わざと長く待たせて門を開いたら、
兼家は「待たされて立ち疲れてしまったよ」と言って入ってきたわけです。
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作者が書いた「蜻蛉日記」によると、話はもっとドラマチックになっています。
息子の道綱が産まれたばかりなのに、兼家がもう町の小路の愛人のもとへ通いはじめたので、
しばらくして明け方に兼家が訪れて来たので、盛りを過ぎた菊一輪と一緒にこの歌を渡した、とあります。
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あなたが来ないので、嘆きながら孤独に寝ている夜。
明けて朝になるまでの時間がどんなに長いか、あなたは知っていますか?ご存じではないでしょう。
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時の摂政だった藤原兼家という人もしょうがない人ですが、
浮気への悲しみを盛りを過ぎた菊一輪とともに歌に託して贈るとは、
やはり平安歌人の典雅さと機知には感心してしまいますね。
たとえ蜻蛉日記が創作だとしても、
菊を手渡すイメージは彼女が当時を代表する第一級の風流人だったことを示すものでしょう。
ただし、平安時代の通い婚は、女性が年をとって男が通って来なくなれば、
生活費もままならない、という切実なもの。
その孤独は、風流などとは言えないようなものだったのかもしれません。
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兼家と道綱母のやりとりを見ていると、
なぜか帰りが遅くなったご主人と待っている奥さんの姿がイメージできるのですが、
ご主人も奥さんに浮気の心配などかけないよう、
奥さんに優しい言葉をかけてあげるのがいいのではないでしょうか。