*作者 藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん)
( 現代語訳 )
夜が明けてしまうと、また日が暮れて夜になる(そして、あなたに逢える)とは分かっているのですが、
それでもなお恨めしい夜明けです。
( 言葉 )
【明けぬれば】
「夜が明けてしまえば」の意味です。
完了の助動詞「ぬ」の已然形に接続助詞「ば」がついて確定を表します。
【暮るるものとは】
「日は必ず暮れて(またあなたと逢える)」の意味です。
【知りながら】
「(心では)分かっているものの」という意味で、「ながら」は逆接の接続助詞です。
【なほ】
「そうは言うものやはり」の意味の副詞です。
【朝ぼらけ】
「明け方」「辺りがほのぼのと明るくなってきた頃」の意味です。
恋歌ではおおむね、一緒に夜を過ごした男女が別れる、男が女のもとから立ち去る頃を暗示しています。
( 鑑賞 )
一見悲しみを詠んだ歌のように思えますが、
よく読んでみると「ずっと一緒にいたいのに、夜明けが来れば帰らなくてはならない。
また日が暮れて夜が来て、再会できることは分かっているのだけれど、それでも恨めしいのは夜明けの光だ」
というような歌であることがわかります。
おのろけ、というと言い過ぎでしょうが、なんとも初々しい恋人との交歓の喜びを歌った一首なのですね。
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詞書には「女のもとより雪降りはべる日帰りてつかわしける」とあり、
逢瀬の後、朝に家へ戻ってから女性に送ったいわゆる「後朝(きぬぎぬ。男女が共寝をした翌朝)」の歌です。
男が女の元に通うのが、平安時代の貴族たちには一般的な恋愛の形式で、
その後には「後朝の歌」を贈るのが通例でした。
この歌はストレートに読める代表的な名歌で、解説がなくてもおおよその感情はつかめるだろうと思います。
女性との逢いたさ、別れのせつなさを歌う一首ですが、
同時に22歳の若さと愛の喜びを感じさせる、若い歌でもありますね。