*作者 藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)
( 現代語訳 )
せめて、こんなに私がお慕いしているとだけでもあなたに言いたいのですが、言えません。
伊吹山のさしも草ではないけれど、それほどまでとはご存知ないでしょう。
燃えるこの想いを。
( 言葉 )
【かくとだに】
「かく」は「このように」の意味の副詞です。
「だに」は打消しの副助詞で、「〜すら」とか「〜さえ」を意味します。
「かく」は、ここでは「あなたをお慕いしている」ことを示しますので、
「このように(あなたをお慕いしていると)さえも」という意味を示します。
【えやは伊吹の】
「え」は副詞「得(う)」の連体形で、反語の係助詞「やは」を従えて不可能の意味を表します。
「えやは〜いふ」で「言うことができない」となりますが、
「いふ」を「伊吹(いぶき)」と掛ける掛詞になっています。
「伊吹山」は、美濃国(現在の岐阜県)と近江国(現在の滋賀県)の国境にある山です。
【さしも草】
ヨモギのことで、お灸に使うもぐさの原料になります。
伊吹山の名物です。「伊吹のさしも草」は下の「さしも」に掛かる序詞です。
【さしもしらじな】
「さ」は指示の副詞で、「し」と「も」は強意の助詞。
「な」は詠嘆の間投助詞で、全体として「これほどまでとはご存知ないでしょう」という意味です。
【燃ゆる思ひを】
そのまま「燃えるようなこの想いを」という意味です。
「ひ」は「火」に掛けた掛詞、「さしも草」と「燃ゆる」と「火」は縁語です。
また、「思ひを」は前の「知らじな」にかかる倒置法になっています。
( 鑑賞 )
この歌は、実方が思いを寄せる相手にはじめて心を打ち明けた歌です。
詞書には「女にはじめてつかはしける」とありますので、ラブレターとして使われたわけです。
実方は時の宮廷サロンを賑わせたモテ男。このダンディに、
「燃ゆる思ひを」なんて言われた相手は、どれほど嬉しかったでしょうか。
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しかしこの歌、最初に「かくとだに えはや伊吹の さしも草」と読んでみると、
現代の我々にはまるで暗号のようで、何を言ってるのかよく分かりません。
内容を分けてみると、
「かく・と・だに」→「こんなに思ってる・と・さえ」
「え・やは・伊吹の」→「でき・ません・言うことは」
(「言ふ」と「伊吹(いぶき)」を掛けている)
「さしも・知らじな」→「これほどとは・ご存知ないでしょう」
「燃ゆる思ひを」→「この燃える思いを」
というようになるでしょうか。
倒置法や序詞、掛詞が入り混じった技巧の多い歌ですので、
分解して見ていくと、割とストレートな恋愛の歌だということが分かってくるでしょう。