みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃えて 昼は消えつつ ものをこそ思へ(みかきもり えじのたくひの よるはもえ ひるはきえつつ ものをこそおもえ)

*作者 大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)



( 現代語訳 )



宮中の御門を守る御垣守(みかきもり)である衛士(えじ)の燃やす篝火が、
夜は燃えて昼は消えているように、私の心も夜は恋の炎に身を焦がし、
昼は消えいるように物思いにふけり、と恋情に悩んでいます。



( 言葉 )

【御垣守(みかきもり)】

宮中の諸門を警護する者のことです。


【衛士(ゑじ)の焚く火の】

「衛士(ゑじ)」は交替で諸国から招集される兵士のことで、ここでは御垣守を指しています。
衛門府に属して、夜は篝火を焚いて門を守ります。
「焚く火」とは、その篝火のこと。
「御垣守衛士の焚く火の」までが序詞になります。


【夜は燃え昼は消えつつ】

「つつ」は反復・継続を表す接続助詞です。
衛士の焚く篝火が、夜は燃えて昼は消える、ということを対句として表現しており、
同時に「夜は恋心に身を焦がし、昼は意気消沈して物思いにふける」という自分の心を重ねて表現しています。


【ものをこそ思へ】

「ものを思ふ」は、「恋をしてもの思いにふける」という意味で
「思へ」は「思ふ」の已然形、「こそ」は係助詞で、「こそ…思へ」は強調の係り結びです。



( 鑑賞 )

宮中の夜、諸国から集められて各門の番「御垣守」をしている衛士達が、篝火をあかあかと焚いている。
篝火は夜には燃え上がり、昼には灰になり消える。
ちょうど恋する私の心が、夜には情念で燃え上がり、
昼には意気消沈して物思いにふけるかのようだなあ。


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夜の闇を照らす篝火には独特の美しさがあるものです。
平安時代というと、今のように街灯などはありませんから夜は深い漆黒の闇。
そこにあかく浮かび上がる炎の動きには、人を催眠状態に誘うような独特の雰囲気があります。


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この歌は、昼と夜、まるで別人だと思えるほど恋にこがれる男の姿を歌ったものです。
しかしよく読んでみると、実は恋の心情は味付けのひとつで、
この歌の真骨頂は「夜の闇に浮かぶ炎の美しさ」を描いたことにある、と言っていいでしょう。
前回ご紹介した源重之の「風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ 砕けてものを 思うころかな」も同様に、
海の岩に打ち当たる波飛沫を鮮烈に描いたものでしたが、
こちらは夜と炎の美しいコントラストと静謐な情景を描いた、
とてもビジュアルで哲学的な雰囲気もある一首です。