風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ 砕けてものを 思ふころかな(かぜをいたみ いわうつなみの おのれのみ くだけてものを おもうころかな)

*作者 源重之(みなもとのしげゆき)



( 現代語訳 )


風が激しくて、岩に打ち当たる波が(岩はびくともしないのに)自分だけ砕け散るように、
(相手は平気なのに)私だけが心も砕けんばかりに物事を思い悩んでいるこの頃だなあ。



( 言葉 )



【風をいたみ】

「いたし」は「はなはだしい」という意味の形容詞です。
「…(を)+形容詞の語幹+み」で「…が〜なので」というように原因・理由を表す語法となり、
ここでは「風が激しいので」という意味になります。


【岩うつ波の】

「岩に打ち当たる波の」という意味で、ここまでが序詞です。  


【おのれのみ】

「のみ」は限定の副助詞で、「自分だけ」という意味です。


【砕けて】

「くだけ」は下二段活用の自動詞「くだく」の連用形で、微動だにしない岩にぶつかって砕ける波と、
振り向いてくれない女性に対して思いを砕く自分、という意味を重ねています。


【ものを思ふころかな】

 「物事を思い悩んでいるこの頃だなあ」という意味になります。



( 鑑賞 )

風がとても激しくて、海に顔を出した岩に波がぶち当たって砕けている。
岩は何も動じないのに、波は何度も岩に当たり、そして粉々に散っていく。
ちょうど、振り向いてくれない彼女に想いを寄せて心砕ける私のようだなあ。


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波と岩に託しておのれの激情を語る鮮烈なイメージの一首です。
普通砕けてしまうのは、女性の心と思いがちですが、ここで千々に思い悩むのは男性の方でした。
実は「砕けてものを思ふころかな」は、平安時代の歌によく使われる恋の悩みの表現です。
ある種ありきたり、とも言えるのですが、そこに序詞で嵐の海の情景を詠み込んだことで、
陳腐な恋の言葉が劇的な名歌に姿を変えてしまいました。
この辺りが、名手と言われる詠み手の凄さでしょうか。
さかまく波に寄せて激しい情念を歌い込んだ印象の強い一首。
ぜひあなたもその情景を心に思い描いてみてください。