あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む(あしひきの やまどりのおの しだりおの ながながしよを ひとりかもねん)

*作者 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)



( 現代語訳 )


山鳥の尾の、長く長く垂れ下がった尾っぽのように長い夜を
(想い人にも逢えないで)独りさびしく寝ることだろうか。

( 言葉 )


【あしびきの】

  山に関係した言葉にかかる枕詞で、ここでは「山鳥」にかかっています。

 
【山鳥の尾の】

 「山鳥」はキジ科の鳥で雄の尾が非常に長いと言われます。
そのため「長いこと」を表す時に使われます。
「の」は連体格助詞で「…で」や「…であって」の意味です。全体で「山鳥の尾であって」のような意味になります。  


【しだり尾の】

 「しだる」は「下に垂れる」という意味の動詞で、
連用形「しだり」に「尾」が付いた名詞です。
「の」は「のような」の意味の格助詞で「下に垂れる尾のような」の意味。
最初からここまでが、「長々し夜」を導き出す序詞になります。  


【長々し夜を】

 長い長い夜のこと。
「長し」を重ねることで強調しています。


【ひとりかも寝む】

 「(逢いたい人にも逢えないで)ひとり(寂しく)寝ることでだろうかなあ」という意味。
「ひとり」は名詞ではなく、
「ひとりで」という意味の副詞です。
「か」は疑問の係助詞、「も」は強意の係助詞、
「む」は推量の助動詞です。

( 鑑賞 )

秋の夜は長い。長くて長くて時間を持て余す。
考えるのは、あの日出会った美しいあなたのこと。
いったいあなたは今ごろ何を考えているのだろう。
他の誰かと閨をともにしているんじゃないだろうか。
夜は長く、いつまでも明けない。長〜い長〜い、山鳥の雄のように長い夜。
今夜もひとり寂しく眠るのだろうか。


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  「秋の夜長」はずいぶん昔から日本人の共通概念だったようです。
万葉の昔からすでにこんな歌があったのですね。
秋の夜長を表すのによく使われる恋歌です。
  山鳥は日本の山にいる野鳥ですが、雄の尻尾が長いので、
「長い」ことを表すのに使われます。
また山鳥は、昼は雄雌一緒にいて、
夜は別々に分かれて峰を隔てて眠るという伝承があるので、
ひとり寝を表す時にも使われます。
  つれない異性を想って一人過ごす夜の長いこと。
また、秋は気候がだんだん涼しくなってくるので寂しさがいっそうつのるのでしょう。
  そういえばこの歌は、
上の句すべてが「長々し」にかかる序詞になっています。
この序詞もまたとっても長いもので、
歌にひっかけてあるのかもしれません。
「山鳥の尾の しだり尾の」と語尾を合わせることで、
音感の面白さも特筆される印象深い名歌です。