白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける(しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまぞちりける)

*作者 文屋朝康(ふんやのあさやす)



( 現代語訳 )


草の葉の上に乗って光っている露の玉に、風がしきりに吹きつける秋の野原は、
まるで紐に通して留めていない真珠が、散り乱れて吹き飛んでいるようだったよ。



( 言葉 )


【白露(しらつゆ)に】

「白露」は、草の葉の上に乗って光っている露、水滴のことです。
「白(しら)」は、清らかさを強調する語で、「清祥とした露」というようなイメージです。


【風の吹きしく】

「しく」は「頻く」と書き、「しきりに〜する」という意味です。
全体で「風がしきりに吹いている」という意味になります。


【秋の野は】

「は」は強調の係助詞で、「ここだけ」「この季節だけ」というように、
この歌に詠まれているような情景が秋だけのものであると強調する役目があります。

 
【つらぬき留(と)めぬ】

「ひもを通して結びつけていない」という意味になります。
数珠のように、穴を空けたたくさんの玉を糸で通して結んでいるようなものをイメージすると分かりやすいでしょう。
「留めぬ」の「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形です。


【玉ぞ散りける】

「玉」は真珠という説が強いです。
平安時代はいくつもの真珠に穴を開けて緒に通して、アクセサリーとして大切にしました。
風に吹き散らされて翔ぶ草の露を、真珠のネックレスの緒がほどけて飛び散った様子に「見立て」ています。
「けり」は感動を表す助動詞で、短歌ではおなじみですね。



( 鑑賞 )

雨が降って、野原一面に茂る薄(すすき)や茅(かや)の葉や茎に、露がついてきらきら光っている。
そこに秋の台風(野分)の激しい風が吹き込んで、露が吹き飛ばされて飛んでいく。
  美しい景色。
まるでネックレスがほどけて、真珠が飛び散っていくようだ。
  なんと秋らしい情景なんだろう。


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今回の歌は、激しい風に吹き飛ぶ水滴を、ほどけた真珠が散るさまに見立てた非常に美しい歌です。
藤原定家もこの歌を気に入っていたということで、
日本の秋の情緒をきれいに描いた素直な歌だといえるでしょう。


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平安時代には、真珠の玉に穴を開けて緒(お=ひも)を通して輪にし、
アクセサリーとして身につけることが好まれていました。
しかも、この歌に出てくるように「露」を「玉」と見立てて、
「緒で貫く」という表現は、平安時代にはよく使われるパターンです。
この歌では、露を「ばらけてしまった真珠」として見たことが新しく、また綺麗だといえます。
よく、「美は乱調にあり」とか「和服の美女のおくれ毛が色気を感じさせる」などと言ったりします。
きっちり整わずに乱れたものの方に、
美しさや艶っぽさを感じるのが人間の不思議な感覚でもありますよね。
ここでは、繋ぎ留めずに「散りこぼれ、飛ばされる真珠」としたところに作者の美的な感性が見られます。