みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ(みかのはら わきてながるる いずみがわ いつみきとてか こいしかるらん)

*作者 中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ)



( 現代語訳 )


みかの原から湧き出て、原を二分するようにして流れる泉川ではないが、
いったいいつ逢ったといって、こんなに恋しいのだろうか。
(一度も逢ったことがないのに)



( 言葉 )


【みかの原】

「瓶原(みかのはら)」と書き、山城国(現在の京都府)の南部にある
相楽(そうらく)郡加茂町(かもちょう)を流れる木津川の北側の一部を指します。
聖武天皇の時代に、しばらく恭仁京(くにきょう)が置かれました。


【わきて流るる】

 「わき」は四段動詞「分く」の連用形で「分けて」という意味ですが、
「分き」と「湧き」(水が湧く)を掛けています。
「湧き」  は「泉」の縁語でもあります。
全体で「分けて流れる」と「湧き出て流れる」という意味です。


【泉川】

現在の木津川のこと。ここまでが序詞です。  


【いつ見きとてか】

「き」は過去の助動詞、「か」は疑問の係助詞です。
「いつ逢ったというのか」という意味です。  


【恋しかるらむ】

「恋しかる」は形容詞「恋し」の連体形で、「らむ」は推量の助動詞です。
「恋しいのだろうか」という意味になります。



( 鑑賞 )

みかの原を2つに分けて、湧き出て流れる泉川のように、いっ
 たいいつあの人を見たといってこんなにも恋しいのだろうか。


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  泉川までが掛詞で、「分ける」と「湧ける」を掛け、泉(いずみ)と「いつみ」を掛ける。
さらに「わき」は「泉」の縁語。
と、これだけ見ればテクニックをふんだんに使った普通の恋の歌のようなのですが、
この歌には下の句がちょっと現代の常識とはかけ離れています。
下の句は実はいくつかの解釈があって、
「噂は聞いているが、一度も逢ったことのない女性への恋」や
「一度は逢ったが、それがとても信じられないような女性への恋」というものです。
今ではどうも「一度も逢ったことがない女性への恋」説が有力だと言われています。
  言うなれば、アイドル女優に憧れる男子学生の心持ちを綴った歌だというわけでしょうか。
  それにしても「一度も逢ったことがない」とは…。
少しうぶ過ぎるかなあ、と思えるのですが、平安時代の恋心ですし。


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まあ、多少の驚きはありますが、「恋に恋する」というか
「若き憧れ」の感情をこの歌は上手く表現しています。
まだ見ぬ人を恋するという清純な心を、
「みかの原に湧きだして流れていく清らかな泉川」に託しています。
単なる言葉遊びではなく、ここでこの序詞は、
風評でしか知らない絶世の美女に恋する若き少年の実感を描くことに成功しています。