*作者 三条右大臣(さんじょうのうだいじん)
( 現代語訳 )
恋しい人に逢える「逢坂山」、
一緒にひと夜を過ごせる「小寝葛(さねかずら)」その名前にそむかないならば、
逢坂山のさねかずらをたぐり寄せるように、
誰にも知られずあなたを連れ出す方法があればいいのに。
( 言葉 )
【名にし負(お)はば】
「名に負(お)ふ」は「〜という名前をもつ」という意味です。
「し」は強意の副助詞で、動詞「負(お)ふ」の未然形に接続助詞「ば」がつき仮定を示します。
「名に背かぬなら」という意味になります。
【逢坂山(あふさかやま)】
山城国(現在の京都府)と近江国(現在の滋賀県)の国境にあった山で関所がありました。
「逢ふ」との掛詞になっています。
【さねかずら】
つる性の植物で、「五味子(ごみし)」とも言います。
「小寝 (さね=一緒に寝ること)」との掛詞です。
【人に知られで】
「で」は打消の接続助詞で、「人」は「他の人」という意味です。
「他人に知られないで」という意味になります。
【くるよしもがな】
「くる」は「来る」と「繰る」の掛詞です。
「繰る」は「たぐり寄せる」という意味です。
「よし」は「方法」などの意味で、「もがな」は願望の終助詞になります。
「あなたを連れて来る手だてが欲しいよ」という意味になります。
( 鑑賞 )
この歌は、人目を忍ぶ恋を詠んだ歌です。
この歌の道具立てのひとつになっているのは「さねかずら」。
もくれんの仲間のつる草で、昔は茎を煮て整髪料を作ったといいます。
そのため、美男葛(びなんかずら)と呼ばれていました。
さねかずらは「小寝(さね)」、一緒に寝て愛し合うことに掛けられた言葉です。
また、「繰る」も「来る」と掛けられた、さねかずらの縁語です。
操り人形のように、逢坂山に生えているさねかずらのつるを巻き取って引っ張れば、
ツタの先に恋しいあの人がついてきたらなあ、と歌っています。
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誰にも知られないように、恋しい相手と連絡を取る方法が欲しいというわけです。
恋愛の歌というのは、苦しい心のうちを語るものが多いのですが、
これなども典型のひとつでしょう。
近江から京へ上る途中にある逢坂山で、木々にからまるつたを見て、
ため息をついている作者の姿が目に浮かぶようです。
歌の中には「逢う」と「逢坂」、「さねかずら」と「小寝(さね)」、
「来る」と「繰る」などの掛詞や縁語がたくさんちりばめられています。
技巧も含めて、この歌の面白さを味わってみましょう。