*作者 元良親王(もとよししんのう)
( 現代語訳 )
これほど思い悩んでしまったのだから、今はどうなっても同じことだ。
難波の海に差してある澪漂ではないが、この身を滅ぼしてもあなたに逢いたいと思う。
( 言葉 )
【わびぬれば】
「わび」は動詞「わぶ」の連用形で「想いわずらい悩む」という意味です。
行き詰まった気持ちを表しています。
【今はた同じ】
「はた」は「また」という意味の副詞で、「今となっては同じことだ」という意味になります。
【難波なる】
「なり」は存在を表す助動詞で、「難波にある」という意味です。
「難波」は現在の大阪府。
【みをつくしても】
「澪漂(みおつくし)」と「身を尽くす」の掛詞です。
澪漂は海に建てられた船用の標識で、大阪市の市章と同じ形。
「身を尽くし」は「身を滅ぼす」という意味です。
【逢はむとぞ思ふ】
「む」は意思の助動詞で、「思ふ」は係助詞「ぞ」の係り結びで連体形になります。
( 鑑賞 )
この歌は、作者元良親王が時の宇多天皇の愛妃、
京極御息所との不倫が発覚したときに詠んだ歌です。
「後撰集」の詞書には「事いできて後に、
京極御息所につかはしける」と書かれています。
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そもそも、元良親王は風流な人でしたが、
同時に大和物語に書かれるほどの色好み、女好きでもありました。
一方、京極御息所は天下に知られた美女。
志賀寺上人という、
生涯女性と付き合わなかった90歳の名僧さえ恋狂いにさせてしまったほどの人です。
この2人が恋に落ち、宇多法王の目を避けて逢瀬を重ねるのですが、
ついに露見し、元良親王は謹慎させられてしまいます。
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この歌は、その直後の状況を詠んでいます。
(事が露見して)もうどうしていいか分からない。
今となっては同じ事だ。
この身を滅ぼしても逢いに行こうと思っているよ。
とはなはだ情熱的なラブレターです。
受け取った京極御息所はどう感じたでしょうか。
ただし、元良親王は名前が残っているだけで生涯で30人以上との恋愛歌を詠んでいます。
さすがにこれだけの情熱があると、
京極御息所だけでは足りなかったのかもしれません。