*作者 光孝天皇(こうこうてんのう)
( 現代語訳 )
あなたにさしあげるため、春の野原に出かけて若菜を摘んでいる私の着物の袖に、
雪がしきりに降りかかってくる。
( 言葉 )
【君がため】
「君」は、この場合は若菜を贈る相手を指します。
【若菜摘む】
「若菜」は決まった植物の名前ではなく、春に生えてきた食用や薬用になる草のことです。
「春の七草」の
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、
スズナ(カブ)、スズシロ(ダイコン)
などが代表的です。
昔から、新春に若菜を食べると邪気を払って病気が退散すると考えられており、
1月7日に「七草粥」を食べるのはそこから来ています。
初春の「若菜摘み」も慣例的な行事でした。
【わが衣手に】
「衣手(ころもで)」は袖の歌語です。
【雪は降りつつ】
「つつ」は動作の反復・継続を表す接続助詞で、
「し続ける」という意味です。
「つつ」は百人一首の撰者・藤原定家の好きな表現でもあり、
定家の歌も「つつ」で終わっています。
( 鑑賞 )
あなたのために、まだ寒さの残る春の野原に出かけて、
食べると長生きできるという春の野草を摘みました。
摘んでいると、服の袖にしんしんと雪が降りかかってきましたよ。
*--------*
古今集の詞書には「仁和(にんな)の帝(みかど)、皇子(みこ)におはしましける時、
人に若菜たまひける御歌」と書かれています。
光孝天皇がまだ時康親王だった若い頃、男性か女性か誰かは分からないけれど、
大切な人の長寿を願って春の野草を贈った時にそれに添えた歌、
という意味です。
*--------*
とても細やかな心遣いを描いた歌で、
「春の野」「若菜」「衣手」「雪」と
柔らかなイメージを含んだ言葉が並んでおり、とても優美な歌です。
野原や若菜の緑と、雪の白の対比も綺麗ですし
とても清らかな感じが全体から漂ってきます。
汚れを知らない純粋培養されたような心がそこには見えます。
光孝天皇は即位後、藤原基経に政治をまかせていたそうで、
それもむべなるかな、でしょうか。
腹黒さの必要な政治の世界は、この歌の作者向きではなかったようです。
*--------*
若菜は、春の七草のように食べられたり薬にする野草の総称で新春にそれを食べると長生きする、
と信じられてきました。
正月7日の「七草粥」の行事もそこからきています。
ただし、実際には春先に生えるセリやヨメナを指すことが多いようですので、
3月末の今、
スーパーに並ぶセリなどを買ってみて、
お吸い物などにして食べても長寿に良いかもしれません。